想/奏

想/奏 · 29日 12月 2017
少なくとも日本においてはダンサーの心が今どんな状況であっても身体を使い続けるということを訓練されている 長年そのような環境に身を置くことで、心の在り方とは全く別のところに身体がある(それはきっとダンスだけに限らないのだけれど、、、) 踊ることに対して嘘を付かないこと 動機 心が動かないなら動く必要はあるだろうか...
想/奏 · 26日 12月 2017
明日はいつもジュニアジャイロキネシスクラスを担当していますBallet du Cielさんの発表会です。 今回も休憩時間中に行うジャイロキネシスタイムを担当します。 舞台上から客席の皆さんと伸び伸びする時間は本当に貴重で楽しいです。 子ども達の踊りの応援と合わせぜひご一緒に暖かく穏やかな時間を過ごしましょう! 詳細はこちらからどうぞ♪...

想/奏 · 21日 12月 2017
芸術とその実用性 一見相容れないように思う二つのこと 空間における関係性 人生における関係性 必要とされるもの 精神的、肉体的な視点 身体にとってどうであるか 精神にとってどうであるか ダンス、音楽、絵画 ファッションはもっとも身近で人間の生活の中に深く入り込み根付いている芸術の一つだろう...
想/奏 · 11日 12月 2017
その時、その場所、その人との繋がりの中でしか成し得ないものがある。 伝えたいものがあり、伝えたい人がいて、その中で一緒に作り、生み出される作品がある。 僕にとってはクラスというものは表現手段であり、方法であり、作品である。 それは瞬間かも知れない。 持続的、継続的なものかも知れない。...

想/奏 · 05日 12月 2017
僕らは日常を非日常に変える力を持っている。 どんな場所であっても、誰に対してでも。 僕らの心がそうさせる。 僕らが発する声、動作が空気を振動させ、観る者、聴く者、共に在る者を包み込む。 魔法のような空間をその場に出現させる。 そこには大袈裟な装置もパフォーマンスも必要ない。 僕らの想像力がそれを可能にするのだ。...
想/奏 · 05日 12月 2017
どんなに小さな音だとしてもそのスピードを考えるならばそのエネルギーは途方もないものだろう。 鼓膜を振動させるということはそれよりも表面にある皮膚も感じている。 振動。 音。 身体。 それは声。 それは楽器。 それは身体。 それはダンス。 音が鳴る。 音は既にダンスしている。 それを拒むのは身体、心、環境、社会。...

想/奏 · 05日 12月 2017
声、そこから発せられる言葉には距離があり、方向がある。 そして速度があり、重さがある。 言葉数が増えれば増えるほど、それを届ける相手との距離が縮まる場合もあれば、離れてしまう場合もある。 その言葉の速さ、重さによっては言葉が少なくても十分なパワーを有する。...
想/奏 · 04日 12月 2017
バレエ教師という仕事がどのような仕事であるか。 それは教師一人一人によって違うだろう。...

想/奏 · 03日 12月 2017
テンポとリズム。 その上に広がるメロディ。 メロディという楽器。 それはリズムの上にあるもの。 だからこそ、鳴っているメロディを身体が奏でる必要はない。 新しいメロディ、またはハーモニー、そして新しいリズムを刻み込む。 ダンス。 既に鳴っている音をなぞることがダンスではない。 新しい音を紡ぐこと。 それもまたダンスである。
想/奏 · 03日 12月 2017
身体そのものが楽器であること。 ダンスとは身体という楽器を使って音を鳴らすことでもあり、演奏することでもある。 演奏者と音そのものが一体となっている身体。 音が鳴っていないからこそ、どんな音でも奏でることが出来るという強さ。 または空間というキャンバスに対して自由自在に絵を描くことの出来る画家でもある。 変化する立体としての身体。...

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